[読書]植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」 戸井十月

稀代の大スター、植木等。
その晩年、一年間にわたって行われたインタビューを元にしたというこの作品は、非常に読み応えのある「面白い」ものだった。

若い人の中には、名前を知っているという程度の認識の方もいるかもしれない。
しかし氏は、直接的にかかわったザ・ドリフターズなどのみならず、桑田佳祐、ビートたけし、タモリ、所ジョージ、関根勤など彼の姿をみて育った多くの人の憧れの存在であった。

本書は、まず彼に多大なる影響を与えた父の話から始まる。

この父というのが、キリスト教の洗礼を受けながら寺の坊主になり、戦時中に戦争に反対して牢獄に3年入れられたという、まぁ何というかとてつもない人だ。
当時、戦争に反対すれば「国賊」として罵られ、植木自身もそれが原因でさまざまないじめに遭ってきたという。とても常人ではできなかったはずだ。

その時点ですごいと思うのだが、それでいて、家に愛人を上がりこませている間、妻を押入れの中に押し込めておくというのだから、破天荒という言葉では言い尽くせない。

しかし植木は、そうして時に母に手をあげる父を好きになれなかったという。
植木の誰に対しても真摯で生真面目な性格は、それでも「お父さんは偉大な人なのよ」といって憚らなかったやさしい母親に似たのかもしれない。
また、植木が東京の寺に奉公に出されたときのエピソードは、何とも切ない。

やがて、ビジネスパートナーであり、のちに生涯の盟友となるハナ肇や谷啓と出会う。
この辺りの描写はかなり細かく、ファンの方であれば非常に興味深いと思うのだが、驚くのは彼らの若さだ。

植木等19歳、ハナ肇16歳で出会い、さまざまなバンド活動を通じてお互いの実力を高めていく。
「クレイジー・キャッツ」はジャズバンドとしても超一流であることは有名だが、谷啓にいたっては18歳で日本を代表するようなトロンボーン奏者だったというし、才能あふれた人たちの「早熟さ」を痛感した。

徐々にスターダムを駆け上がっていく植木とクレイジー・キャッツだが、それを決定づけたのが、作品名ともなっている「わかっちゃいるけど、やめられない」に代表される「無責任男」時代だ。
それに至る「天才」青島幸男や、すぎやまこういちの話も興味深い。

彼はこれによって人気の頂点を極め、おそらく当時日本一のトップエンターテイナーとなった。

しかし、自身はその「無責任男」に生涯苦悩していたという。本人は酒も飲まない、まじめを絵に描いたような人間だったからだ。
これは今となっては皆の知るところとなったが、当時は「植木等は本当に無責任な男」だと誰もが思っていたのだ。

TV、歌手、映画、舞台とあらゆる仕事をこなす植木。特に映画撮影での古澤憲吾とのエピソードは大変面白い。
例えば、ヘリコプターに繋がれた縄橋子につかまって撮影していたら、本当にそのまま離陸してしまったというのだからめちゃくちゃだ。

植木とクレイジー・キャッツは、TVの創成期を支えたスターだ。
だからこそ晩年、植木は近頃のTV番組の低俗さに不満を呈していたという。彼らは1時間の番組を作るために何日も稽古をしたというのだから、それもうなずける。

適当にカメラを回して、適当なリアクションを面白おかしがる今の風潮は、彼らのようにエンターテイメントを作りこんできた身としては、複雑な気分だったのだろう。

全編を通じて、著者の植木等に対する「愛」があふれているのだが、特によかったと思うのは、植木自身のインタビューをおそらくほとんど編集することなく掲載しているところ。
独特のその言い回しは、何とも粋なものが多いのだ。本人が笑みをたたえながらしゃべっている姿が本当に目に浮かぶ。

そして、同じ時代を生きてきた著名人の名前も数多く登場する。
渥美清、加山雄三、ザ・ピーナッツなど。特に、あの世界の黒澤明を一喝し「小さい男だと思った」というエピソードはとても痛快だ。

数々のエピソードにぐいぐい引き込まれるのだが、個人的に何よりもうらやましいと思ったのは、若いころから70、80の晩年に至るまで同じ道を歩み続け、正に「死ぬまで親友」と呼べる人たちがいたことだ。
もちろん、多くの人は「友」と呼べる人がいるだろうが、こうして「同じ道」を志してそれを全うするというのは非常に稀有ではないだろうか。

真のエンターテイナーとは何か。
それを少しでも垣間見ることができる今作は、ファンならずとも、一人の男の愚直でかっこいい生き方を学べるよい作品だと思う。

唯一残念なのは、周りの多くの人は植木を慕って悩みを相談してきたということだが、彼自身が悩んできたこと、思慮深い彼はおそらく人生のさまざまな場面で深く思い煩ったはずなのだが、そこまで掘り下げられていない点だ。

ただ、泣き言は決して言わず、谷啓をはじめメンバーにすら愚痴をこぼさなかったということだから、彼の本当の心のうちは結局誰も知ることがなかったのかもしれない。
そういった姿がまた、しびれるほどかっこいいと感じる。



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